平家との戦いで活躍しながら、後に兄・源頼朝と対立した源義経。追われる身となった義経が最後に頼ったのが、奥州藤原氏の治める平泉でした。
源義経が最期を迎えたと伝わる平泉は、現在のどの都道府県にあるのでしょうか?
【問題】源義経最期の地・平泉はどこ?
源義経が最期を迎えたと伝わる平泉は、現在のどの県にあるでしょう?
A:宮城県
B:岩手県
C:秋田県
D:山形県
ヒント:世界遺産の中尊寺金色堂でも知られる町です!
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正解発表!
正解は……「B:岩手県」です!
解説:岩手県平泉町の高館が義経終焉の地!
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の都道府県 | 岩手県 |
| 市町村 | 西磐井郡平泉町 |
| 義経終焉の地 | 高館と伝えられている |
| 現在の建物 | 高館義経堂 |
源義経は兄の源頼朝と対立した後、奥州藤原氏の三代当主・藤原秀衡を頼り、1187年に再び平泉へ身を寄せました。しかし、同年に秀衡が亡くなると状況が変化します。
頼朝からの圧力を受けた四代当主・藤原泰衡は、文治5年(1189年)に義経のいた衣河館を襲撃したと伝えられています。追い詰められた義経は、妻子とともに自害したと伝えられています。
平泉町にある高館は、中世に成立した物語や芸能などを通じて、義経最期の地として知られてきました。現在は高館義経堂が建ち、堂内には源義経の木像が安置されています。
高館からは北上川や、その向こうに広がる束稲山を眺めることができます。また、近くには武蔵坊弁慶が立ち往生したという伝説が残る衣川も流れています。
おまけクイズ
高館を訪れ、「夏草や 兵どもが 夢の跡」と詠んだ俳人は誰でしょう?
A:西行
B:松尾芭蕉
C:与謝蕪村
D:小林一茶
正解は……「B:松尾芭蕉」です!
松尾芭蕉は1689年に平泉を訪れ、高館から古戦場を眺めながら義経主従や奥州藤原氏の栄華をしのび、この句を詠みました。
まとめ
●源義経最期の地と伝わる平泉は岩手県にある!
●平泉町の高館には高館義経堂が建っている!
京都や鎌倉の印象が強い源義経ですが、最期を迎えたと伝わる平泉があるのは岩手県でした!
※2026年9月現在に確認できる平泉町・平泉観光協会・中尊寺の公式情報をもとにしています。義経の最期や高館との関係には、史料に基づく記録のほか、後世に成立した物語や伝承も含まれています。
